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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)3763号 判決 1988年6月23日

控訴人 神谷輝一

右訴訟代理人弁護士 渡名喜重雄

被控訴人 城南信用金庫

右代表者代表理事 橋本造酒蔵

右訴訟代理人弁護士 橋本一正

市来八郎

浅井通泰

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

第一  被控訴人の請求原因について

一  請求の原因1の事実(被控訴人が日正建設との間で被控訴人主張の約定からなる本件取引契約を締結したこと)は、当事者間に争いがない。

二  控訴人は、原審において、請求の原因2の事実(控訴人が被控訴人に対し、日正建設の被控訴人に対する本件取引契約上の債務につき、六〇〇万円を限度として連帯保証をしたこと)を認めたが、後にこれを撤回しているので、右自白の撤回が許されるか否かを検討する。

1  被控訴人は、その主張する連帯保証契約の成立を証する書証として、甲第二号証(限度保証約定書)を提出するところ、同証の被控訴人主張の連帯保証人欄に控訴人の氏名が記載され、その名下に捺印がされていることは明らかである。

原審における控訴人本人尋問の結果によれば、右甲第二号証の控訴人の氏名は、控訴人が自署したものであること、また、その名下の捺印は、控訴人がその代表取締役であつた神谷組の代表者印を用いてしたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

控訴人が請求の原因の2の事実についてした自白を撤回する理由として主張するところは、要するに、右甲第二号証の連帯保証人欄の意思表示(署名・捺印)は、控訴人が個人としてしたものではなく、神谷組の代表者としてしたものであるから、事実に反する、というのである。

2  しかしながら、右甲第二号証の連帯保証人欄をみると、控訴人が自署したその氏名には、神谷組の代表取締役であることを示す肩書は付記されていない。また、同欄にはその住所が記載されているところ、成立に争いのない甲第三及び第四号証、前掲控訴人本人尋問の結果によれば、右住所も、控訴人が自ら記載したものであるが、それは、神谷組の所在地ではなく、控訴人個人の住所を表示したものである、と認めることができる。

控訴人が神谷組の代表者として右甲第二号証の連帯保証人欄に氏名及び住所を記載したのであれば、神谷組の代表取締役である旨の肩書を氏名に付記するほか、神谷組の所在地を連帯保証人の住所として表示しておくのが普通であるし、ごく基本的な配慮といえるが、甲第二号証の氏名及び住所の記載は、そのようなものとはなつていない。

控訴人は、原審において、日正建設の代表者からその連帯保証人となるように依頼された際、神谷組は倒産しているので、神谷組の連帯保証では、金融機関の承諾を得られないとして、その依頼を一旦は断つたが、日正建設の代表者がそれでもよいと言うので、神谷組の代表者として右甲第二号証の連帯保証人欄に氏名及び住所を記載した、との趣旨の供述をするが、そうであれば、尚更、その連帯保証人として、控訴人の氏名のみを漫然と記載するのではなく、神谷組の代表取締役である旨の肩書を付記したうえ、住所も、神谷組の所在地を表示しておくはずである。控訴人がその程度の配慮を怠る者でないことは、前掲控訴人本人尋問の結果に徴して明らかである。殊に住所の記載につき、控訴人は、その表示が控訴人個人の住所であることは分つていたが、捨印があるから、訂正すれば足りるので、神谷組の所在地を表示しなかつた、とも供述するが、そこまでの認識がありながら、後々の訂正を見込んで、敢えて控訴人個人の住所を表示するというのは、極めて不自然である。神谷組の代表者として甲第二号証の連帯保証人欄の氏名及び住所を記載したかのような控訴人の供述を措信することはできない。

3  控訴人は、当審において、本件に関連して横浜市信用保証協会の信用保証を受けるために作成された甲第五号証(信用保証委託契約書)の連帯保証人欄に神谷組の代表者印が捺印されていることは、信用保証委託契約を申し込む場合の取引常識から考えて、同証が被控訴人に提出された時には神谷組の印鑑証明書が添付されていたことを推測させるものであつて、この点からしても、右甲第五号証、更に甲第二号証による連帯保証の意思表示が神谷組としてのそれであつたことは明らかである、と主張する。

しかし、成立に争いのない甲第一一号証、原審における証人江口正明の証言、前掲控訴人本人尋問の結果によれば、右甲第二号証及び甲第五号証が被控訴人に提出されたときに、控訴人個人の印鑑証明書が添付されていたことを認めることはできるが、これと共に、神谷組の印鑑証明書も出したはず、との原審における控訴人の供述は、不確かで、直ちに措信することができず、他に、神谷組の印鑑証明書が添付されていたと認めるに足りる証拠はない。

控訴人の作成部分は、成立に争いがなく、その余の部分は、前掲江口正明の証言によつて、成立が認められるので、全部が真正に成立したものと認める甲第五号証によれば、右甲第五号証の連帯保証人欄には、控訴人が自ら記載した控訴人の名下に、当初は神谷組の代表者印を用いた捺印がされたが、後に控訴人の個人印による捺印が追加されていることが認められるが、当時、神谷組の印鑑証明書が添付されていたのであれば、そこに記載されている神谷組の所在地と照合して、甲第五号証に記載された控訴人の住所(なお、その表示は、前掲甲第二号証と同様に、控訴人個人の住所であつて、神谷組の所在地ではない。)を神谷組の所在地に訂正し、また、控訴人の氏名に神谷組の代表者である旨の肩書が付記されるような訂正が求められてもよいはずであるが、そのような形跡はまつたく窺われない。却つて、控訴人の氏名及び住所の記載はそのままにして、控訴人の個人印で捺印が追加されていることは、添付された印鑑証明書が控訴人個人のそれであつて、両者の印影を照合した横浜市信用保証協会側で不一致に気付き、個人印による捺印を追加させた結果とみるのが相当であり、然りとすれば、甲第二号証についても、その連帯保証人欄の神谷組の代表者印による捺印は、控訴人の個人印を用いるべきところ、誤つて神谷組の代表者印が用いられたにすぎない、と推認されるものである。被控訴人の担当者が甲第二号証の印影と控訴人個人の印鑑証明書の印影とを照合していれば、その提出を受けた段階で、速やかに控訴人の個人印による捺印を追加させていたはずであつて、本件では、その照合を怠つたものと窺われ、この点はまことに杜撰な事務処理というべきであるが、これをもつて、右甲第二号証の連帯保証人欄の控訴人の氏名及び住所が神谷組の代表者としての記載であつたとまで認め得るものではない。

4  控訴人は、当審において、横浜市信用保証協会との間で信用保証委託契約が成立していないことを前提とする主張をするが、前掲甲第五号証及び同証人江口正明の証言によれば、信用保証委託契約が成立していることは明らかであるから、控訴人の主張は採用の限りでない。

5  以上説示したところによれば、控訴人が甲第二号証の連帯保証人欄に神谷組の代表者として意思表示(署名・捺印)をしたとは認めることができないし、他に、請求の原因2の事実についてした控訴人の自白が真実に反するものであると認めるに足りる証拠はないから、それが錯誤に基づいてしたものであつたかどうか検討するまでもなく、控訴人の右自白の撤回は許されない。

6  従つて、請求の原因2の事実は、当事者間に争いがないことに帰着する。

三  控訴人は、請求の原因3の事実(被控訴人が日正建設の依頼により本件各約束手形を割り引き、その裏書譲渡を受け、各支払呈示期間内にそれぞれ支払場所に呈示したが、いずれも支払を拒絶されたこと)についても、原審において、自白を撤回するが、右自白が真実に反し、錯誤に基づくものであると認めるに足りる証拠はないので、その撤回は許されず、請求の原因3の事実も、当事者間に争いがないことになる。

第二  控訴人の抗弁(消滅時効)について

一  控訴人は、本件の主たる債務が実質的には手形所持人である被控訴人の裏書人である日正建設に対する遡求債務と同視すべきことを前提にして、連帯保証人として右主債務の消滅時効を援用する。

二  しかし、本件の主たる債務は、弁論の全趣旨に徴して明らかなとおり、被控訴人が本件取引契約に基づき日正建設の依頼で割り引いた本件各約束手形の支払拒絶によつて生じたいわゆる買戻債務であるところ、これと手形法所定の遡求債務とが実質的には同じである、との控訴人の主張を採用することはできない。

三  控訴人の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

第三  以上の次第であれば、被控訴人が控訴人に対してその保証に係る限度額の六〇〇万円に充つるまで保証債務の履行を求める本件請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却する

(裁判長裁判官 村岡二郎 裁判官 鈴木敏之 滝澤孝臣)

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